構造物の性能評価

1.1. 地震時の極限性能評価

橋梁は交通ネットワークの根幹で,地震によりその機能に支障が出れば,都市全体が麻痺し甚大な経済的損失が発生します.過去の地震においても,兵庫県南部地震では隣接桁との衝突により落橋し,交通に支障をきたしました.

これまで衝突を扱った研究は数多く為されていますがシミュレーション,解析的検討が多数を占める中で,当研究室では早くから実験や実測に基づく橋梁全体系の地震応答の分析を行ってきました.多数の部材から成り挙動が複雑な橋梁は自由度を上げたり,非線形性を導入したりするだけでは現象を再現することは困難です.実現象とモデルとの整合性を確認しながらモデルを精緻化する必要があります.しかしながら,未だに観測データが限られており,実測応答をベースに詳細に議論している研究は世界的にも皆無といえます.1994年のNorthridge地震でもThomas Vincent吊橋で同じような衝突が観測されていますが,観測点が少なく,衝突現象を分析する上で十分なデータではありません.

一方で,2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では,横浜ベイブリッジで高密度地震観測による貴重な記録が得られました.橋軸直角方向の変位を拘束するウインド沓とウインドタングの間で衝突が生じており,大規模な損傷には至っていないものの,タワーリンクのボルトが破断するという被害も発生しました.将来発生し得る大規模な地震に備えるために,観測された衝突現象を詳細に分析しています.ケーブルや主塔,トラス部材をモデル化した骨組みモデルと,局所的な変形や挙動を詳細に再現できる有限要素モデルを組み合わせたマルチスケールモデルを構築して,衝突を考慮した非線形地震応答解析によりレベル2地震時のウインド沓-ウインドタング間の衝突力を評価し,長大橋の地震時極限性能を評価することに取り組んでいます.

図:長大橋のマルチスケールモデル

1.2. 電車線柱等付属構造物の耐震性能評価

東北地方太平洋沖地震において,新幹線高架橋上のPC(プレストレストコンクリート)製電車線柱が広域にわたり多数傾斜・折損しました.高架橋本体の損傷は軽微であった一方,電車線柱の復旧に時間を要したため運転再開が遅れました.電車線柱には近年になって耐震設計が導入されましたが,新幹線の迅速な復旧および電車線柱の走行車両への衝突による二次災害防止に向けて対策することが急務です.

そこで,橋梁研究室では新幹線高架橋上のPC製電車線柱の耐震性能を連成系地震応答解析により精度よく評価した上で有効な対策案を検討しています.モデルの構築では,高架橋と電車線柱,高架橋と高架橋,電車線柱と電車線柱の連成を考慮できるように,電車線柱を上下線に各1本建植した高架橋ブロックを桁で4ブロック結合し,さらに隣接する電車線柱を電車線・電線で繋いだ三次元連成系骨組みモデルを構築しました.各要素のパラメータは設計基準に加えて,実橋梁の振動計測結果や実物大電車線柱振動台実験のデータから同定しています.このモデルを使ってさまざまな地震を入力し,地震特性により電車線柱の被害の状況がどのように変わるのか検討しています.

さらに既存の電車線柱の対策として,たとえばTMD(Tuned Mass Damper)を電車線柱天端部に取り付けることで制震により被害を軽減する方法を提案しています.TMDについては電車線柱の塑性化を考慮した最適設計をすることで,対象としたすべての地震動においてさまざまある電車線柱の基礎形式によらず同じ規格のTMDで効果が大きく,変位制御と損傷制御が両立できることを示しました.軌道からの設置が可能と考えられるTMDは,経済性や施工性についても優位性があると考えています.このような検討結果をもとに鉄道管理会社へ対策技術の提案をしています.

1.3. 局部振動を利用した腐食・耐荷性能評価

構造物の代表的な劣化形態として腐食が挙げられます.腐食が進行すると断面欠損が生じ,設計時の想定よりも小さな耐荷性能しか発揮することができません.腐食により落橋・崩壊に至る例も報告されています.腐食はゆっくりと進展するため,定期的な目視点検等で確実に把握していくことが重要です.

しかし,腐食の進行した部材の表面は錆や粉塵などが固着していてそのままでは腐食の程度を評価することが困難です.特に当研究室で対象としている構造物の1つである製鉄所内の施設では粉塵が大量に固着して評価の妨げとなっています.ケレンして表面を調整した上で評価する必要がありますが,腐食構造物を全てケレンすることは手間・コストの観点から現実的ではありません.橋梁の桁端部も腐食が発生し易い部位の1つですが,部材表面に堆積物や腐食生成物が固着していて目視等による評価の妨げとなります.

当研究室では振動工学の知見を活用して,腐食した部材の局部振動をとらえ,腐食の程度を評価する研究に取り組んでいます.構造物は,その状態により定まる固有振動数において卓越振動を示します.構造物の状態,つまり腐食の程度が変われば,固有振動数も変化するため,構造物の振動を計測することでその状態・損傷を推定しようとするものです.しかし,一般的には構造物の状態の変化に対して固有振動数の変化は微小です.当研究室では,振動工学・構造工学の知見に基づいて,局所的な断面欠損に対して感度の高い,特定の局部振動モードを抽出して腐食評価することに取り組んでいます.

図:桁端部の補剛材局部振動モード
図:局部振動モード振動数と耐荷力

特に,産業インフラである製鉄所のベルトコンベア支持構造物は腐食による耐荷性能の低下が著しく,その効果的な評価方法が必要とされています.遠隔から音響加振により局部振動を励起し,レーザードップラー速度計を利用して遠隔から計測する,遠隔評価手法も開発しています.音響加振により特定の局部振動が励起し,観測できることをシミュレーションや実測を通して確認しています.

1.4. 耐火性能評価

橋梁における火災は,その発生頻度の低さから建築分野に比べると対策が確立されていませんでした.今まで橋梁火災による大きな人的被害が存在しないため事後対策が中心でしたが,2008 年首都高速5号池袋線でのタンクローリーの横転炎上事故のように大きな交通被害が生じた事例もあり,経済損失や緊急車両の交通確保といった観点から事前対策も必要です.また事後対策に関しても,2015年に日本初の評価指標となる「火災を受けた鋼橋の診断補修ガイドライン」が制定されましたが,対象の橋梁の種類が限られているなど不十分な点があります.そこで,適切な事前,事後対策を可能にするために火災による被害の大きな場所を特定することが重要です.

これらの背景から当研究室は,重要な橋梁では火災による被害を事前に防がなければならない一方で経済的観点から1つの橋梁全体を補強することは現実的でないという背景を受けて,様々な種類の橋梁に関して耐火性能を評価することによって,火災時に特に危険とされ対策の優先度が高い橋梁構造を特定することを取り組みでいます.まず鋼橋の普遍的・初歩的な耐火性能評価を目的として,火災の規模に応じてLv1,Lv2火災として基準を設け,火災時の部材の温度を基準となる温度と比較することで,現場で利用簡単な性能不十分な場所を高さのを用いて明らかにしました.詳細な構造的評価が行えれば,より妥当な高さが特定できることに加え,鋼橋部材レベルの評価方法に止まらず,橋梁構造の耐火安全性向上が必要とわかった場所に部分的な対策のみ行うことができます.また,部材間の応力再分配の影響を考慮することで,リダンダンシーを考慮した危険な場所の中で優先度をつけることや基準温度をより高く設定することが可能となります.

図:火災時の部材の温度分布
図:橋梁耐火補強の概念図